タイの民事補償は日本より大幅に低額である実態と具体例

タイに在住する日本人の中には、「日本と同じように高額な補償が受けられる」と思っている方も少なくありません。しかし、タイの民事補償額は日本に比べて数分の一~数十分の一にとどまることがほとんどです。この事実を知らないと、万が一の事故やトラブルで経済的に深刻な打撃を受ける可能性があります。本記事では、具体的な事例を交えながら、その実態と対策を解説します。

なぜタイの補償額は日本より低いのか?

タイと日本の民事補償制度には、根本的な違いがあります。

  1. 補償の根拠となる法律の違い
    日本では、交通事故や医療過誤などの補償額を算定するための「基準」が明確です。例えば、自賠責保険の基準や弁護士会の「人身被害補償算定基準」に基づき、治療費・休業損害・慰謝料を包括的に算出します。一方、タイでは明確な算定基準がなく、裁判所の裁量に委ねられる部分が大きいのです。特に「精神的苦痛に対する慰謝料」は、日本では数百万~数千万円が一般的ですが、タイでは数万円~数十万円にとどまるケースがほとんどです。
  2. 経済水準と法的意識の差
    タイの1人当たりGDPは約50万円(2023年、日本は約350万円)と、日本より大幅に低い水準です。裁判所も現実の経済状況を考慮し、高額な補償を命じることは稀。また、タイ社会では「和解」を重視する文化から、示談金で早期解決されることが多く、法的争いを経て高額判決が出ることはほとんどありません。
  3. 保険制度の未整備
    日本では自賠責保険や労災保険が網羅的に機能していますが、タイの保険制度は最低限の補償しかカバーしません。例えば、タイの自動車保険(第三者賠償責任保険)の上限は100万バーツ(約450万円) とされ、重傷事故でも満額が支払われることは稀です。

実例で見る!タイと日本の補償額の圧倒的格差

例1:交通事故(軽傷~中等度の怪我)

日本でのケース

  • 30代男性がバイクと衝突し、肋骨骨折で2か月入院。
  • 補償内訳:治療費200万円+休業損害300万円+後遺障害慰謝料500万円=合計1,000万円
  • 保険会社が3か月で示談成立。

タイでのケース

  • 同様の事故でタイ人運転手が過失100%。
  • 補償内訳:治療費15万バーツ(67.5万円)+休業補償5万バーツ(22.5万円)+精神的苦痛分5万バーツ(22.5万円)=合計25万バーツ(112.5万円)
  • 実際は示談交渉で15万バーツ(67.5万円)に圧縮され、裁判所も同額を支持。
  • 日本比で10分の1以下の額にとどまった。

ポイント
タイでは「休業補償」は実際の給与証明が必要で、フリーランスや現金給与の場合は証明困難。また、後遺障害等級制度がなく、慰謝料は裁判官の裁量に依存します。

例2:職場での労働災害(手の切断)

日本でのケース

  • 工場で機械に巻き込まれ、右手親指を切断。
  • 補償:労災保険で治療費全額+休業補償(給与の80%)+後遺障害一時金2,400万円
  • 雇用主が追加で慰謝料500万円を支払った事例も。

タイでのケース

  • 同様の事故でタイ人従業員が負傷。
  • 補償:労災保険で治療費10万バーツ(45万円)+休業補償月5,000バーツ(22,500円)×3か月=合計11.5万バーツ(52万円)
  • 後遺障害に対する一時金はなし
  • 雇用主が「情け」で追加10万バーツ(45万円)を支払ったが、法的義務はなし。
  • 日本比で約30分の1の額に。

ポイント
タイの労災保険は治療費と基本的な休業補償のみ。後遺障害に対する補償は法律上存在せず、企業の善意に依存します。

例3:医療過誤(手術ミスで視力喪失)

日本でのケース

  • 白内障手術で医師のミスで左眼を失明。
  • 補償:治療費500万円+逸失利益1,500万円+慰謝料2,000万円=合計4,000万円
  • 医療過誤専門の弁護士が介入し、1年で和解成立。

タイでのケース

  • 同様の過誤でタイの病院が原因。
  • 補償:治療費20万バーツ(90万円)+「お見舞い金」10万バーツ(45万円)=合計30万バーツ(135万円)
  • 裁判で過誤が認められても、慰謝料は5万バーツ(22.5万円) と判断。
  • 日本比で30分の1以下

ポイント
タイでは「医療過誤の立証」が極めて困難。病院がカルテを改ざんするケースも報告され、患者側が証拠を集めるのはほぼ不可能に近い状況です。

例4:物件賠償(高級車の事故)

日本でのケース

  • 高級外車(レクサスLS、新車価格1,500万円)が全損。
  • 保険で新車同価の1,200万円が支払われる。

タイでのケース

  • 同様の車が事故で全損。
  • 保険会社が「タイ市場での中古車価値」を基準に算定。
  • 支払い額:30万バーツ(135万円)(新車価格の1/10)。
  • 理由:「タイでは高級車は高額すぎるため、実勢価格で補償」という判断。

ポイント
タイの保険は「現地の経済水準」を基準に補償額を決定。日本で加入した保険でも、タイで事故った場合は現地基準が適用される場合が多いです。

在タイ日本人が取るべき3つの対策

タイで万が一の事態に備えるため、以下の対策を今すぐ実施してください。

1. 海外対応の包括的保険に加入する

  • タイの自動車保険は最低限の補償しかなく、高級車や重傷事故には対応できません。
  • 推奨プラン
  • 自動車:日本で「海外旅行用保険」ではなく、現地対応型の自動車保険(例:AIGの「タイ・オート・プラス」)に加入。補償上限を500万バーツ(2,250万円)以上に設定。
  • 医療:「バーチャル・ホスピタル」対応の医療保険(例:ヒムラック病院提携のプラン)で、治療費の自己負担をゼロに。

2. 日本での補償権利を放棄しない

  • タイで事故を起こしても、日本国内で保険請求できるケースがあります
  • 例:日本で加入した自動車保険に「海外事故補償特約」があれば、タイでの事故も対象に。
  • 重要:保険証券の「適用地域」を確認し、必ず事前に保険会社に連絡を。

3. トラブル発生時は即座に日本語対応の専門家に相談

  • タイの弁護士は日本語が話せず、日本の補償基準を理解していない場合がほとんど。
  • 信頼できる窓口
  • 在タイ日本国大使館の「法務担当官」(無料相談可)。
  • タイ日系法律事務所(例:バンコクの「アンドローズ法律事務所」)。
  • 注意:タイ人弁護士に依頼する際は、日本語契約書の作成を条件に交渉を。

知っておきたい「タイならでは」の落とし穴

  • 「和解」が最善策とは限らない
    タイ人相手に「和解金で済ませよう」と提案されても、後から追加請求ができない場合があります。必ず書面で和解条件を明記し、弁護士にチェックしてもらいましょう。
  • 現金での示談は危険
    タイでは現金で和解金を渡すケースがありますが、領収書がないと後で「支払い未了」と争われるリスクが。必ず公証人役場で和解書を作成してください。
  • 日本での裁判は現実的ではない
    タイ人を日本で訴えても、執行が不可能な場合がほとんど。タイ国内での解決が現実的です。

まとめ:「日本基準」を捨て、タイの現実に備えよ

タイの民事補償制度は、日本の常識とは全く異なるルールで動いています。高額な補償を期待して行動すると、取り返しのつかない損失を被る可能性があります。

最重要ポイント

  • タイでは「保険が命綱」。現地基準の保険だけでは不十分。
  • 事故後は感情的にならず、日本語対応の専門家に即相談
  • 「タイだから安くつく」という安易な考えはNG。日本並みのリスク管理を。

在タイ生活を安全に続けるためには、日本の制度を当然視せず、タイの法的・経済的現実を冷静に受け止める姿勢が不可欠です。今日からでも、保険の見直しや専門家ネットワークの構築を始めてください。万が一の際、この準備が経済的破綻を防ぐ最後の砦となります。

(※本記事の補償額は2025年8月現在の概算です。為替レート:1バーツ=4.5円で計算)

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