タイではルールは存在するが、それは「絶対」ではなく「交渉可能なガイドライン」に近い」という解釈

タイで暮らして長い人ならニヤッとする話題ですね。
この一文は、タイ社会の「空気の物理学」を見事に言い当てています。ルールはある。書いてある。掲示もしてある。だけど、そのルールは“石碑”じゃなくて“ゴム製”で、ぐいっと引っ張れば伸びるし、状況次第で形も変わる――そんなニュアンスです。

少しイメージで説明すると、こんな感じになります。

タイのルールは、
「法律」というより、
「まずは相談しようか」式の“人間関係ベースの指針”になりやすい。

もちろん、タイにも絶対的なルールはありますし、警察も裁判もちゃんと機能している分野はたくさんあります。でも日常のディティールになると、空気や関係性、相手の立場、状況の切迫度、季節(!?)、相手の機嫌、そしてあなたの交渉スキルが混ざり合って、いつのまにか“現場仕様の新ルール”が生成されていく。

この「交渉可能性」が、混乱の種にもなれば、暮らしの柔らかさにもなるんです。

たとえば運転。
標識はある。でも、渋滞してて誰も進めないときは「ちょっと行かせてね」とサッと割り込む。すると周りも「まぁええわ」と許す。日本なら「割り込み警察」が瞬時に発動しますが、タイでは“流動性の美学”が優先される。

役所の手続きも、書類が揃っていなくても、担当者との会話次第で「今日はここまででOK、次回これ持ってきて」で済むことがある。日本的に言えば「え、その判断ここでしていいの!?」というやつ。

この特徴は、タイ社会の根っこにある「対立を避け、柔らかく折り合う文化」と密接につながってるように思えます。ルールは“守るべき壁”じゃなくて、“まずは理解し合うための目安”。そんな位置づけ。

視点を変えれば、これは「非効率のようでいて、実は人間関係を壊さないための巧妙なシステム」でもあるんです。日本のようにルールでガチガチに縛れば、秩序は担保されるけど、人は疲れる。タイは逆に、疲れない分、何が起きるか予測しにくい。

この揺らぎをどう受け取るかで、タイ生活の“難易度”が大きく変わるんですよね。
ルールが柔らかい国では、人が固くならない。
その代わり、国のシステムが“固く育ちにくい”。

タイという国の面白さは、この真ん中あたりでゆらゆらしているところにあるんじゃないかと思います。

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